自分がどういう人間になるのかと問いかけた時

自分がどういう人間になるのか知っているだろうか

「いや、知らない」

「そんな未来のことなんてわかるわけない」

「そんなの分かったら苦労しない」

と言うかもしれない。

しかし、自分がどういう人間になるのかは問いかければすぐにわかるのだ。

私も、自分がどういう人間になるのか問いかけたことがある。

その時の答えは当時の自分にとって受け入れ難い事だったので、”そんな人間になりたくない”と受け入れられなかった。

しかし、今では段々と受け入れられる様に整ってきたのだ。

今からすると、あの時の問いかけは正解だったのだと思えるのだ。

あの時、聞いておいたからこそ、今それに向かっていこうとする心構えができていたのかもしれない。

自分がどんな人間になるのか、というよりも自分とはどの様な人間の本質を持っているか。

と、いう事なのかもしれない。

私の場合、「休日などでゆっくりとのんびりと小説を読む人になる」と返答された。

当時の私は小説を読むくらいなら、お得情報満載のビジネス書や難解なスピリチュアル本などの知識になるものでなければ読んでも意味がないと思っていたのだ。

確かに、小説よりも実用書の方が何かとノウハウは会得出来るだろう。

しかし、小説は言葉の使い方や文の書き方、表現の仕方に美学があると気づいたのだ。その様な感性を当時は持ち合わせていなかった。完全に左脳タイプだったのだ。

今思うと、私の本質は完全に右脳タイプだったのだと気づかされた場面がいくつもある。

また、当時の私は常にせかせかとあれこれ働き、決められた時間内にどれだけの働きができるかを悦びとしてストイックにぎゅうぎゅう詰めにスケジュールを詰め込むのが好きだったのだ。

しかし、それも最近もっと良い方法があると気づいたのだ。余裕を持つ方が内面がもっともっと成長すると。余裕は人を強くする。当時はそんな事思いもよらなかった。

という事で、「休日などでゆっくりとのんびりと小説を読む人になる」という当時の返答は、ズバリ私の本質の的を射ていたのだった。

当時は受け入れられなかったとしても、頭の片隅に自分の本質が置いてあるといざ本質に触れるチャンスが目の前に来た時に手を出しやすい。または、みすみす逃したり後回しにすることがなくなるのだ。

だから、自分の本質に一度は触れておくべきだ。

それが受け入れられないことだとしても。

感覚を鍛えろ、感性を豊かに、あらゆることを信頼すること。

自分の本質とはと気軽に問いかければ、簡単に答えは得られるのだが、その答えをしっかりと聞けるかどうかは普段の感性と感覚、信じる心次第なのだ。