誰の真似もしないでよいのだ

あなたは、自分は何が得意で何をしたらよい人間なのかと悩んでいるだろうか。

しかし、悩みながら自己啓発本を読み、書いてあることにあなたにおける真実はないのだ。

その本に書いてあることは、その著者が成功した法則が書いてあるだけ。

別に、あなたに絶対に合っている方法ではないのだ。

とは言え、成功者の自己啓発本はやる気と希望を持たせてくれる。

気持ちが落ち込んだ時、無気力になった時読むのはとても効果がある。

しかし、それを鵜呑みにして他人を真似る事はあなたには違った道だということだ。

あなたに一番合った道は、目の前のワクワクしたことを単に進めて行けばよいのだ。

そうすれば、あとでこういう意味だったのかとつながることになるのだ。

この行動に意味はあるのか?こんなこと一生していてよいのか?

と、深みにはまらないことだ。

今、必要だからこそ、目の前の課題として現れていてそれをこなしているのだ。

それに意味など求めず、考えるのであれば今やっていることをどうやったらもっと楽しくできるかを考えるのだ。

仮に、今の行動に意味を求めるとする。

求めたとして、それが”意味のないこと”と判断されるのはどういう場合か?

それは、”人生の最終目的の一大イベントに今の行動が貢献しているかどうか”ではないだろうか。

では、その”人生の最終目的”とやらをあなたは知っているということになる。

果たしてそれはなぜそう言えるのか。

人生の最終目的をなぜ知っているのか?

その人生の最終目的は自分が”そうで合ったらいいな”と思っている目標や夢などではないか?

目的や夢に一直線なのは良い。

しかし、今やっていることがそれに絶対に不必要だということがなぜ言えるのか。

掃除のアルバイトにしても、自分で店舗を持ち経営して行く際、”店を綺麗にする”ということがどれだけお客に与えるイメージが大きいか。

今、掃除の仕事を「あーあ、こんな仕事嫌だなぁ、未来に絶対必要ないしなぁ」と嘆きながら仕事をするのと、「どうやったらこの場所を使う人にもっと気持ちよくなってもらえるだろうか?」を考えている人の方が意識が高く後々に、その時考えたことが絶対に生きるのだ。

今の現状に、”さらに高みを目指す意識”というのをクセ付けているとその意識は周りを巻き込みみんなの意識を上げるのだ。

例えどんな仕事をしていても、他人の意識を上げる人っていうのは世間にとってとても重大な役目を担っているのだ。

意識を上げる人が少ないからだ。高い意識を持って行動する人を求めているのだ。

今、どんな仕事や役割があるとしても、今それを高い意識を持ってこなす。

その行動に意味があるのか?どうか?は

あなたが今の行動をどの程度の意識の高さを持ってして向き合ったかどうか

なのだ。

意識を高く保って行った行動には必ず意味があり、後々のあなたの道に必ずつながるのだ。

逆に、今にベストを尽くしていない人はこれからも”ベストを尽くさない”道を歩むことになるのだ。

何も”ベストを尽くさない”道が悪いというのではない。それも生き方だ。

何が言いたいのかというと、今の意識に伴い人生の意味が変わってくるということだ。

高い意識でも低い意識でも、次に物理的に起こることは変わりが無いのかもしれない。

しかし、見かけが同じ事象だとしてもそれに対する心が違うのだ。

高い意識は人を惹きつけ、他人を幸せにするのだ。

幸せな気持ちになった人は何か恩返しというか、何か還元したいなぁと思うのだ。

その巡回に入ると、自分も何らかの恩恵を受けることとなる。

最初から恩恵を目的にしては本末転倒だが、例えそれを目的としても高い意識を保ち人をいまよりもっと幸せにするということは、自分も幸せな気持ちを持続させなければ達成し得ないのだ。

意識を高く保つということは、決して不機嫌にならないこと。

怒りは流れでやってくるので、怒るなということは難しいが”不機嫌を持続させるな”というミッションは自分の心の強さ次第で何とでもなるのだ。

自分が不機嫌になれば、相手も不機嫌になるのだ。

常に上機嫌で、相手が落ち込んでいても笑わせてしまう。

そういう人こそ、今の世界に最も求められている人なのだ。

地球環境の保全など、急に大きい目標を持たなくても良い。

まずは目の前のことからで良いのだ。

目の前のことが自分にとっても世界にとっても、自分における常に最大のミッションで、最優先のミッションなのだ。

そのミッションを自覚し、しっかり向き合い、その心を大切にすること。

毎朝、鏡を見ているだろうか。

目がとろ〜んと閉じかけていてボサっとしている場合では無いのだ。

何か世界に貢献したいというのであれば、まずは、

眉間のシワを取り、

高い意識をしっかり持ち目を見開き、

口角を上げて、

その顔を見た人まで幸せにするような心地の良い顔や表情を作り、みんなを幸せにしなければならないのだ。

そして、常に上機嫌を保つ。

不機嫌でブスっとした表情の人を見ても心は安らがないし、お店の前にそのような体裁を保ち陣取られても売上に繋がらないのだ。

それが、この世界で強く生きようと覚悟している人の最低限度の心得であり、全ての基礎における事柄なのだ。

もちろん、身だしなみや立ち振る舞いをしっかり整えること。

見た目が全てでは無いというが、確かにそうだ。

しかし、見た目が悪い人には話しかけたくも無いし、話しかけられたくも無いのだ。

とはいえ、顔の作りが悪いなど生まれ持ったものは変えられないとよく言うがそれは違うのだ。

意識を高く保ち、人を幸せにしようと覚悟し、行動し続けた人の顔に作りが悪い顔なんてないのだ。

確かに、人は顔がそれぞれ違う。一般的にイケメン・美女と言えるような顔の作りではないかもしれない。

それでも、やはりそのように覚悟して高い意識を持って行動し続けている人の顔は、見ていて嫌な印象は絶対に受けないのだ。

何かに一生懸命取り組み人は、誰と比べるでもなく世界で一番美しいのだ。

顔の作りなどみんな違ってみんな良いのだ。

イケメン・美女というレッテルは誰かが勝手に決めたこと。

何かに一生懸命取り組む人は、かく汗は美しく、動きには光が伴うのだ。

それこそ、オンリーワンの世界で、世界一美しいのだ。

目の前に起こっていることをしっかりと受け止めること。

それを高い意識を持ってして取り組むこと。

その心は楽しい人生を約束するものなのだ。