相手の存在価値

あなたには嫌いな人がいるだろうか。

私は、嫁の事がとても嫌いだったのだ。

炊事、掃除など家事を率先してやらないし、常にのんびりで全然動かない。

その他様々な理由があって、本当に一緒にいて鬱陶しく思う時期があったのだ。

しかし、今はとても良い存在だと思えている。

今回の記事はそういう記事。

価値のない人間などいない。

私は嫁が価値のない人間だと思っていたのだ。

それは、仕事量も私よりも断然少なく、文句が多く、それでいて短気。

もう、一緒にいて嫌だと思うことなんて毎日だったのだ。

しかし、ある日気づいたのだ。

この現実を作っているのは自分自身だと。

相手の存在価値を無きにしているのは他でもなく自分自身なのだと。

相手の存在価値が無いとレッテルを貼っている自分こそがよっぽど価値のない人間だ。

それからは、見方をガラッと変えることにしたのだ。

まずは、自分から毒を吐かないこと。

つまり、文句や不平不満を言わず、周囲の人を和ませたり明るくさせたりすること。

私は価値のある人間になりたいのだ。

とはいえ、価値のない人間になりたい人など誰もいないだろう。

価値のある人間とは、周囲の人の価値を見出してあげることができる。

他人の価値を見出せるのは、もっと価値があるという証拠なのだ。

理想の現実が欲しいのなら。

自分の価値を認めることだ。

そして、何よりも相手の価値を認めるのだ。

相手があれをやってくれない、これをやってくれない、不平不満をいうことに対して怒っている場合じゃない。

自分の価値を高めたいのであれば、まず自分から価値を振りまき、光を循環させるのだ。

心から褒めるということは、愛と光を振りまくということ。

相手に与えた愛と光は、与えられた相手からまた別の人へ愛と光が渡るかもしれない。

渡らないかもしれないが、渡る可能性を作ってあげただけでも、よっぽど価値がある。

愛と光が循環する。

それは巡り巡って世界が愛と光で満ち溢れ、豊かになる人が増えるのだ。

それはお金でも同じことだ。愛と光を持ってしてお金を支払う。

そうやって愛と光あるお金たちは世界を巡り経済を活性化させてくれるのだ。

その結果、自分も豊かになる。

みんなで成功しよう。

自分だけが成功できるという時代ではない。

他人のことを考えて、全体を見なければ恩恵は与えられない時代なのだ。

話は戻るが、

理想の現実を得たいのであれば、全体を見ること。

まずは、与えること。

他人の価値を見出すこと。

感謝をすること。

嫁の家事が遅くてもいいじゃないか、

何か体調が優れなかったり何か理由があるのかもしれない。

実際にご飯が遅くなっても良いじゃないか、

それで、死ぬわけじゃない。

それよりも、ご飯を作ってくれたという事実に感謝すべきである。

悪いところを減点方式で探すのではない。

良いところを加算方式でなんとか見つけて、人を褒めるのだ。

そして、相手の散財価値を認めるのだ。

自分が思えばその通りに即座に動く世界ではない。

自分が思った現実が得たいのであれば、まずは全体を動かさなければならない。

全体を動かしたいのであれば、目の前の1人の価値を見いだして、感謝をするのだ。

そして、常に上機嫌でいること。

常に上機嫌でいる人はなかなかいない。

故に希少価値がかなり高いのだ。

自分の価値が高い人は何をやっても成功するし、他人から助けてもらうことができるのだ。

愛ある言葉を吐き、人を癒し、価値を認め。

自分を許すこと。

そして、鏡に映った自分の顔を見た瞬間「うわ、老けたなぁ」ではなく、「今日も嬉しそうだね!」とか何か良い言葉を投げかけるのだ。

それから、人に会ったら(今日も不機嫌そうだし話しかけるのも嫌だなぁ)とか思わないで嘘でも良いから「今日も良い顔してるね!今日も元気にいこう!」と褒めて励ますのだ。

相手からしたら、実際は迷惑かもしれないが、励まされたことでちょっと元気が出てきたり、ちょっとだけで良いから頑張ってみようかなと思えてくるのだ。

そういう、愛と光の原動力を人に与えられる人こそ、価値のある人間なのだ。

いつもついてきてくれる妻に感謝。

自分のやり方に反することをされて憤りや怒りがこみ上げてくることもある。

しかし、それを気づかせてくれて感謝なのである。

私はそのような自分の心のクセに気づくことができた。

だから、そのクセの根源をたどりなくすことが可能となったのだ。

クセがどんどん取れていくと、どんどん優しい人間になれるのだ。

それが成長である。

愛と光ある成長は人生の醍醐味だし、成長に成功するともっと人生が楽になる生活が勝手に動き出すのだ。

相手がどんなに怒って毒をまき散らかしていようとも、自分もそれにつられてはならない。

自分だけはそれを上回るほどの、光と愛ある言葉で相手を癒すのだ。

相手をよく見ること。存在している価値を見出すこと。