結婚とはうまくいかないもの

結婚とは幸せで楽しくて愉快なものだと思うだろうか。

実際にそのような家庭はあるかもしれない。

しかし、それは表面的なものなだけであって、ほぼどの家庭でもうまくいってないものだ。

結婚とは修行であり、自分の成長を促してくれるものである。

それを、結婚した瞬間からずーっと幸せで楽しく辛いこともなかったら、それはつまらないのだ。

うまくいかなくて、しんどいし、疲れる。

それが結婚の醍醐味なのだ。

むしろ、うまくいかないことを前提として結婚すると言っても過言ではない。

結婚で得られる修行の成果はなかなか他では得ることができない。

結婚とは大変貴重で意識の高い修行の場なのだ。

では、結婚できない人は修行できないのかと言われればそうではない。

結婚で得られる修行をする必要がないほど精神的に成長している人は、結婚する必要がなかったりするのだ。

また、結婚が遅い人が結婚を早くした人に劣っているのかと言われても、そうではない。

必要な時期に結婚がやってくるのであって、それは人により時期が違うのは当たり前なのだ。

慌てなくても、その人が結婚を必要としているのであれば、良い時期に結婚がやってくる。

結婚とは許しの連続なのだ。

一緒の空間で人生の多くの時間をともに過ごすことになる。

また、家のイベントの決定権が自分だけではないので相談も必要だ。

自分の意見が100%は毎回通らないのだ。

自分が許せないことを相手がしてくるかもしれない。

相手は、ものを片付けられなかったり、せっかちだったり、ぐうたらだったり、自分にとって嫌だと思う人が結婚相手に選ばれるものなのだ。

先に言っておくと、結婚相手とは自分が決めているのではない。

結婚する時期や相手まで自動的に決められているのだ。

今の自分を一番成長させてくれるような相手が一番良い時期に結婚としてやってくるのだ。

相手が許せない行動をとってもそれを許してあげられるのが修行。

相手の気持ちを考えて、自分だけを優先しないのが修行。

親しい間柄だとしても常に敬意と感謝を持って接することができるか修行。

修行とは山に篭って滝に打たれているものばかりでない。

むしろ、結婚に比べたら滝に打たれたほうがはるかに楽なのだ。

今ここに生きる私たちは、1人の閉鎖的な空間に逃げて自分だけが良い世界で生きることを目的としていないのだ。

みんなで互いの心に触れ、世界を交わい、その中で気づきを発見し成長していく。

皆、それぞれのあるポイントまで成長が達したのなら、収入が増えるとか、妻・旦那に信頼してもらえて生活が楽しくなるとかご褒美がもらえるのだ。

また、そのご褒美は人生この方向性でよかったんだという良い指針となる。

人それぞれ、目的とその程度が違うのだ。

人と比べない。

他は他。自分の家庭は自分。