オーラ観測法2

前回の記事はオーラ観測法1でした。

今回は、もっと詳しく観る方法を書いていきたいと思います。

オーラは濃淡も状態も形も変わってきたます。

それも、消去法で考えると割と楽に見えてくると思います。

”濃い青or薄い青” どちらか「薄くはないなぁ」という感じで消去法で大丈夫ですので、2択で考えていきます。

黒が混ざっていてくすんでいますか? ”Yes or No”

本当に目で見るのではなく、感覚で、直感で決めて良いのです。

硬く縮こまっている感じですか?それとも伸びやかでゆったりしている感じですか?

下の方に沈んでいますか?それとも頭の方に浮き上がってしまっていて頭でっかちになっていますか?

オーラ自体の密度はどうですか? まばらですか?しっかりぎゅっと詰まっていますか?

このように、どんな質問でも良いので、自分の直感に投げかけてみて観ましょう。

「こうじゃないな」と、違うものをどんどん省いて行ったら最も近い物だけが残ってくるでしょう。

詳しく観ることは相手を知ることにつながります。

しかし、もし、じっくり観てもよくわからなかったらすぐ辞めてしまうくらいの気軽さがあったほうが、余計に悩まないで済むかもしれません。

あまり、重々しく考えすぎないことです。それ自体が悩みになってしまったら本末転倒ですね。

やっても出来なかったらあまり根を詰めないことです。

それが、正しく見れるようになる秘訣にもなるでしょう。

なぜなら、オーラは一瞬一瞬で全くと行っていいほど様変わりしてしまうものです。

感情に揺さぶられて赤や黄、緑と忙しそうに変化する人もいます。

これは、オーラに限ったことではありませんが、一つのものをずっと固執しないことです。

相手の話も、前言ってたことと違うかもしれませんが、それも当然なのです。

自分の状態が変われば、意見も変わる。

たこ焼きが昨日は食べたくなかったけど、今は無性に食べたいという事は誰しもあるのでしょう。

昔のアイツは、今のアイツではない。

いつまでも、過去に囚われない事。囚われているのは自分自身で。視野を狭めている事です。

「オーラはこうやって見るものじゃない。」と頑なに肯定しなければいくら観れる能力があってもいつまで経っても観れないのだ。

人間の能力は非常に高く、超能力と呼ばれるものは本来なんでもできるような能力を持ち合わせているのにも関わらず、それが出来ないのは、脳が制限をかけているからなのだ。

「常識で考えてできるはずない」

「こんなてきとうな方法で観れるものは嘘だ」

「そもそもオーラなんてない」

可能性を信じることから何事の能力も始まるのだ。

しかし、いくら可能性を信じても100%純粋に心から信頼できる心をこの地球ではなかなか作れないかもしれない。

それでも、挑戦し続けている人は世界にどれほどでもいるのだ。

別に、能力を開発しなければならないというわけではない。

そういう能力が体験したい人がすれば良いだけであって、体験した人間が上級の人間というわけではない。やりたい人がやれば良い。人間が地球で生きる上で大切なことは様々である。

ちょっと話が逸れてしまったが、オーラは常に変化していて、観る方も新しい相手と自分だと思って常に「今ここ」の感覚が大切だということである。

オーラを観る目的

それは相手をよく知り、助け合うことである。

「大丈夫」という割に体調悪そうだなぁと思った時オーラを観たらやっぱり色が淀んでて、代わりに仕事をやってあげようとか。

マッサージをする時、凝っている部分のエネルギーを観たり。

(観るだけでなくオーラは手触りでもわかったりする。)

あの部屋全体のオーラが重く沈んでるなぁと思ったら換気をして花をおくとか

(けど、それはオーラが観れなくても感覚でわかるかな?)

”オーラを観る”という目的だが、そういう感覚を鍛えるということが既に相手の状態を観るということである。

なんか体調悪そうだなぁという感覚を持ったのであれば、それはオーラを観るまでもなく体調が悪いオーラをしているのだ。

常にそういう繊細な感覚を持っているとオーラを観るまでもなくなって行くのだ。

大切なのは、”オーラを観る”という行程よりも、どれだけ困っている人・物に手を差し伸べるか。

とりあえず、ここでのオーラを観る目的はこのような形にしておきます^^

他にも、好きな人が私に好意を抱いてるかとか、別の占いに役立てたいとか人それぞれいろいろな目的があると思います。目的もいろいろで良いと思います。

ただ、自分自身のためだけというようなワガママが入ると観えにくかったり、間違ってみえちゃったりするみたいですね^^;